米ドル「隠れ債務」が1.4京円、BISが警鐘 金融危機の火種に
国際決済銀行(BIS)が膨らみ過ぎた米ドルの「隠れ債務」に警鐘を鳴らしている。金融派生商品を使ったドル調達法の一つで、銀行だけでなく保険会社や投資ファンドに広がっている。2024年末時点で世界で98兆ドル(約1.4京円)に及び、ショック時に流動性危機が広がりかねない。3メガバンクもなお安定調達に課題が残っている。
隠れ債務は主に「為替スワップ」と呼ぶ金融派生商品を使って調達した米ドルのことを指す。自国通貨と交換して調達する手法で、一定期間後にドルで返済する必要がある。多くは満期が1年未満の短期商品。貸借対照表に載らないため、BISは「隠れ債務」と呼ぶ。
世界の決済市場を監視するBISにとって無視できなくなってきたのはその規模の大きさからだ。残高はリーマン・ショック直後の08年末時点の41兆ドルから23年末に91兆ドルに達し、24年末時点で98兆ドルまで膨らんだ。23年末時点では半分弱に相当する41兆ドルが米国外に本社を置く銀行の残高と推計した。
しかも、「為替スワップの最大の利用者はノンバンク」(BIS)。投資ファンドなどは銀行のように規制が及びにくく、銀行と比べ情報開示も不十分だ。
金融監督当局にとって落とし穴になっている可能性がある。ひとたびショックに見舞われれば金融機関が返済資金を工面するためにより高いコストを払ってドルを確保したり、ドル建て資産を売却したりする必要に迫られ、財務が悪化しかねない。
それにもかかわらず現状では統計がなく精緻な実態を把握できていない。どの国や地域でどの程度のドル不足が生じるか予想するのは難しい。不透明な状態のまま中央銀行が政策対応に迫られる懸念がある。
日銀とBISで勤務経験のある麗沢大の中島真志教授は隠れ債務の膨張について「潜在的なリスクが膨れ上がっていることを意味する。何か起きたときの影響はそのぶん大きくなる。経営基盤の弱いローカルな金融機関から影響が出るだろう」と話す。
三菱UFJフィナンシャル・グループ(FG)と三井住友FG、みずほFGの3メガバンクはいずれも2025年3月末時点で外貨貸出金を外貨預金で賄いきれていない。安定調達の目安である預貸率はそれぞれ109%、131%、127%といずれもオーバーローン状態だ。
不足分は社債の発行や、返済までの期間が長いスワップなどで調達している。調達額は25年3月末時点で、三菱UFJFGは820億ドル、三井住友FGは1460億ドル、みずほFGは937億ドルにのぼる。ショックが起きた際には貸し出しの急増や預金の流出でドルが不足するリスクは残る。
新型コロナウイルス感染症が広がった20年、金融機関や企業は一斉にドルの確保に動き、市場でドル不足が広がった。米連邦準備理事会(FRB)が日銀や欧州中央銀行(ECB)といった中銀を経由してドル供給を拡充し事態の収拾に動いた経緯がある。
ただFRBによる「有事のドル供給」が今後も続くか市場に疑念の声がある。第2次トランプ米政権は基軸通貨であるドルを世界に供給するコストを巡り、各国にも相応の負担を求めようとしているとみられているためだ。
BNPパリバ証券の河野龍太郎チーフエコノミストは「グローバル金融危機が発生した際、FRBが主要国の中銀にドルを供給するのか極めて不確実になってきた」と指摘する。
緊張が続く中東情勢も不安要素だ。ニッセイ基礎研究所の上野剛志主席エコノミストは「可能性は低いが、ホルムズ海峡の封鎖などによる原油価格の高騰が長期化すれば世界的に景気が悪化し信用収縮を招く。資金の出し手がいなくなると流動性は逼迫する」と話す。
(出展:2025年7月2日 日本経済新聞)
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