アクシア・プロパティ・ソリューションズ株式会社

世界最大規模ファンド ブラックストーンの変遷



世界金融危機にも絶望せず

商業用不動産マーケットで鳴り響いていた「楽観」という題名の音楽はピタリとやんだ。2008年9月、米金融大手リーマン・ブラザーズが破綻した時のことだ。
当時ブラックストーンの不動産投資部門を率いており、前年には米大手ホテルチェーンのヒルトン・ホテルズや米大手不動産会社を相次ぎ買収したばかりだった。
宿泊需要は霧散し、ヒルトン株の評価額は買収時より7割減にせざるを得なかった。ファンドに資金を拠出してくれた投資家のもとへ説明に駆けずり回った。「必ず挽回する」という説明に、ペンシルベニア州にある年金基金の最高投資責任者(CIO)の顔は引きつり、明らかに動揺していた。
両親の離婚や会社で挫折試練を昇華、胆力鍛えるプレッシャーは苛烈だったが不思議と絶望はしなかった。奈落の底へ転落するように感じた記憶は、この時が最初でなかった。華麗な経歴の陰で喪失や挫折があり、乗り越えるたびにポジティブな力へと昇華してきた。


両親の離婚や会社で挫折 試練を昇華、胆力鍛える

6歳の時に両親が離婚し「地面が急に揺らぎ底割れしたような感じに陥った」。少年が現実を受け止めるには長い時間がかかったが「対立を乗り越え、誰とでも良好な関係を築こうとする人間に育った」。投資の世界は交渉がすべて。立場の違いを超えた関係構築の大切さを幼い頃から学んだ。
高校のバスケットボール部では常に補欠だった。身長が伸びずにからかわれた。活躍できなかった代わりに「私に謙虚さを与えてくれた」。
ブラックストーンに入社して間もない時期、ある自動車部品事業への投資案件を担当していた。財務モデルを組んで大ぶりのエクセル表を作り分析を尽くして投資委員会へ提出した。だが当時の幹部は資料を一目見て「事業環境の仮定が現実離れしている」と一蹴し、文字通りゴミ箱に放り込んだ。指摘は痛烈だったが的を射ていた。
「木を見て森を見ず、に陥っていた状況を打破してくれた」。試練はいつも学びを与え、胆力を鍛えるのに役立った。


最悪の時にこそ最良の投資案件が生まれる

世界金融危機時の苦境のさなか、ヒルトンの経営トップに伝えた。「いいニュースがある。これ以上、状況は悪くなりようがないってことだ」。暗黒の日々だったが、先には光明があると確信していた。債務買い戻しなど策を講じ、事業のてこ入れを実現した結果、投資元本の何倍もの利益を得た。
最悪の時期にこそ最良の投資案件が生まれる。恐怖に駆られた多くの投資家が我先にと優良資産を手放し、割安な投資機会があふれるのだから。「粘り強くポジティブであり続けられれば、成功の可能性は格段に高まる」
[Stay calm, stay positive, never give up!」(冷静であれ。前向きであれ。決して諦めるな)。ニューヨークのブラックストーン本社と世界中の拠点をつなぎ、毎週月曜日に開催する投資委員会の締めくくりに、今も分かさず唱える言葉だ。


直感でブラックストーン入社、不動産投資部門で薫陶

同社に入社したのは1992年。当時は新興投資会社の一社にすぎなかったが、「政治オタク」だった青年の目にはスター集団に映った。共同創業者のピーター・ピーターソンさん(2018年死去)をはじめ、歴代米政権の閣僚・幹部経験者が集っていたからだ。親からは「金融業界で働くならモルガン・スタンレーのような名の通った企業を選ぶべきだ」と反対されたが、自らの直感に従って入社先を決めた。
転機は入社翌年に訪れる。主力の企業投資部門から、新設したばかりの不動産投資部門への異動を命じられた。
同部門を統括していたジョン・シュライバーさんの薫陶を受けた。一緒に投資現場を歩き、テナントとの接し方から賃貸契約書の読み方まで、基礎をたたき込まれた。
「ジョンはあらゆる書類を精読し、分析は徹底的かつ包括的。並外れたきめ細やかさを学んだ」。投資委員会などに備えて情報を頭にたたき込むため、書類の束に埋もれる生活は今も続く。


強欲イメージと裏腹に巨大ファンドには人間味

金融危機後の事業成長を通じ、ブラックストーンを世界最大の不動産投資会社へと育てた。18年、ブラックストーンの社長兼最高執行責任者(COO)に就任。以降、共同創業者のスティーブン・シュワルツマン最高経営責任者(CEO)とともに、未公開株投資やクレジットも含めて会社全体を率いてきた。
1992年の入社時に約7億5000万ドル(当時のレートで約900億円)だったブラックストーンの資産運用規模は、足元で1兆2000億ドル(約186兆円)以上に及ぶ。世界最大のプライベート(未公開)資産運用会社に向けられるのは、必ずしも尊敬や称賛ばかりではない。
「映画『ウォール街』が描いたような強欲のイメージに常にさらされる。それでも私はこの仕事を誇りに思う」。企業・不動産への投資や運営改善を通じ雇用を創出し、管官や消防士らの退職年金に良好な投資収益を提供する使命を持つ。巨大ファンドは人間味をいた無味乾燥な資本の塊ではない。「運用するのは結局、人間なのだ」


本社ビルで銃撃事件、悲劇乗り越え「会社一段と強く」

2025年7月に起きた悲劇がその思いを強くさせた。本社が入居するニューヨークのビルで銃撃事件が発生した。1階ロビーでは銃弾が飛び交い、不動産投資部門幹部のウェスリー・ルパトナーさんが犠牲となった。
深い喪失感に包まれた社内では、社員らが悲劇やトラウマについて語りあい、気遣いあう姿があちこちでみられた。家族のように絆で結ばれていることを皆が感じた。
「ウェスリーはよく『前進し続けなければならない」と言っていた。我々が彼女を忘れることはない。でも我々は立ち上がって前に進む。悲劇で会社は一段と強くなった」。乗り越えられない試練はない。喪失は人を、そして組織を強くする。


(出展:2026年1月4日 日経新聞 竹内弘文)


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