「最近決まったのは、ひと部屋10億円で…」大手不動産の新卒2年目社員が語った、香港の富裕層が日本の高額物件を購入する意外な理由
物件が急激に値上がりしている。都心部の中古マンションの価格は2021年から4年の間に、なんと1.5倍ほどになった。中には3倍近く高騰した物件もあるという。10億円を超えるような高額な物件を購入しているのは、主に香港や台湾の富裕層だ。
彼らはどうして日本の不動産を欲しがるのだろうか?ここでは、20年以上にわたり不動産業界を取材してきた吉松こころ氏の『 強欲不動産令和バブルの熱源に迫る 』(文春新書)より一部を抜粋してお届けする。
香港富裕層の自宅が初めて市場に
235億円、192億円、135億円、とびきり安くて、40億円値引きの76億円、これらを何の数字だと思われるだろうか。
2024年11月、香港で売りに出ていた一軒家の価格だ。
香港島側に連なる山はその頂上に向かって「ピーク・ロード(Peak Road)」と呼ばれる道が延びている。車2台がギリギリすれ違うことができる細い道路だ。頂上に向かえば向かうほど視界は開け、100万ドルの夜景と謳われた香港市街地と対岸の九龍半島、そして両者の間で悠然と波打つヴィクトリアハーバー、そこを忙しく行き来するスターフェリーをはるか下に捉える。香港一高く、上層階にはザ・リッツ・カールトンが入る118階建てのICCビルも、金融街セントラルのランドマークで香港2位の高さを誇るインターナショナルファイナンスセンターも、山頂からは見下ろす形になる。
私たちが香港の金融街セントラルの象徴のように仰ぎ見る高さ400メートル級の建物群よりずっとずっと上に位置する天上の世界。香港の富裕層が住んでいたのはそういう場所だった。
2024年、その一帯にある家々が大量に売りに出た。
その理由を、香港人で不動産投資家の簡國文氏はこう説明した。
「香港の富裕層が自宅なり投資用に所有していた邸宅なりを手放し、アメリカや日本、カナダなど他国に移住し始めているからです。また全く同じタイミングで、中国本土から香港に移住や資産移転を考えている中国人富裕層が高く買ってくれています。この需要と供給が絶妙に合致した時期が今なのです」
つまり、香港の富裕層が長年住んでいた自宅が売り出され、初めて売買市場に出てきているというのだ。
実際には2年ほど前に売却し、その後不動産会社が解体、更地にして、その上に新しい家を建築し、それらが売りに出ているところだという。
100億円クラスの家は、内装に2年かけることもあり、ちょうど仕上がってきたのだ。
2年前の2022年といえば、コロナの真っ只中だ。とりわけ中国では、上海の完全ロックダウンの影響で景気が減速しているという報道を我々はよく耳にした。
その前の2021年には、従業員20万人を抱える不動産開発会社で、中国・深に本社を置く「恒大集団」の経営危機も頻繁に報じられた。経済の悪化だけではない。2019年6月9日には、香港で大規模なデモが起きた。中国が導入を決め、同地で施行された香港国家安全維持法が背景にあるとニュースは伝えた。中国本土の支配が日増しに色濃くなる中で、香港の富裕層たちが国外への脱出を決意するに十分な空気が醸成され始めていたのだ。
「逃資」目的の「東京買い」
香港人の「東京買い」を初めて聞いたのは、5年前の2021年のことだった。銀座のスナックでナナミちゃんがカウンター越しにこう言った。
「最近決まったのは、赤坂でぇ、ひと部屋10億円。坪で2000万だよぉ、意味わかんないよねぇ」
ナナミちゃんの昼職は不動産会社だ。銀座には大学生の時から出ているが、卒業前に宅地建物取引士の資格を取り、東京・港区に本社がある大手不動産会社に就職した。新卒2年目の器用な子だ。
「買ったのはどういう人?」
「香港人。だいたいそういう10億円前後を買うのは、香港人か台湾人だから」
「坪2000万円って高すぎない?」
「うちらだって坪2000万円って誰が買うの?と言いながら毎日売ってる感じよ。だから今はもっと高くつけようって言ってるよ。チャレンジ価格、売れたらラッキーってやつね」
坪2000万円というのは、ひと坪あたりの売買価格が2000万円という意味だ。一般的なファミリー層が購入する80平方メートル、24.2坪ほどの広さだと、2000万円掛ける24.2坪で約5億円ということになる。
都内マンションの坪単価が、200万円から250万円が相場だった時代がある。1990年頃だ。
有明・豊洲・晴海など湾岸エリアの勃興が始まった初期の物件、2004年完成の東雲の「Wコンフォートタワーズ」の坪単価は100万円だった。その時20坪の部屋を2000万円で購入した知人によると、「当時はそれでも販売に苦戦しているようでした」という。ちなみにその彼は、2017年に4600万円で売却した。粗利で2600万円。サラリーマンの年収を軽く超える儲けを得たことになるが、もし今まで持ち続けていたら、購入額の3~4倍で売れただろう。
話を香港人に戻そう。
「10億円とかの不動産を買っている香港人とか台湾人っていうのは、投資目的で買っているの?」
ナナミちゃんは即座に、「実需だよ」と答えた。不動産業界では、「実需」は「投資」の反対語で、自己使用を意味する。自宅用とも言い替えられる。
とはいえ香港人の場合は、自ら住むわけではなく、セカンドハウスとして持つケースがほとんどで、日本に来たときの拠点、という感覚だ。もちろん、所有している間に価格が上がり、将来、売却益が出るという想定はしている。
「ってか、そんな高い物件買って、賃貸にも出さずに遊ばせてるってわけ?」
「別に現金で買ってるからいいって感じだよ」
24歳女子はこともなげに言った。そして「いつ何があっても逃げられる場所を、自分の国以外に作りたいんだってさ」。
私は、富裕層の資産管理を得意とする税理士の本郷尚氏が言ったある言葉を思い出した。
「彼らはいつでも資金を移動できるように準備しています。投資じゃないんです。資産を逃がす『逃資』です」
以来、私の頭の中を香港人の「東京買い」が占めるようになった。そして「いつか香港に行って『逃資』の現場を見てやろう」と思い続けてきた。
(出展:2026年2月20日 文春オンライン)
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