「準備万全でも」出費250万円 空き家900万戸時代の実家じまいのリアル
「実家じまい」とは、高齢の家族が亡くなる、あるいは施設に入ることなどにより、子ども・孫世代が実家を解体・売却といった方法で処分することだ。都市部であれば、売却手続きが滞りなく進む場合もあるが、過疎が進む地域では「買い手がいない」「売れても二束三文」というケースも多い。全国の空き家はこの30年で倍増し、過去最多の900万戸に達した。実家じまいは個人や家族だけの問題にとどまらず、地域や社会全体に影響を及ぼす社会課題となっている。実家じまいを経験した当事者、行政、実家相続の専門家に話を聞き、そのコストや課題を洗い出した。
準備万全でも250万円かかった
東京に住むNさんは長崎県佐世保市の過疎エリアにある祖母の実家じまいを経験した。一周忌と合わせて、2026年6月に一連の作業を終えたばかりだ。
12年前に祖父が亡くなった後、祖母は一人暮らしに。最後の2年は寝たきり状態となり施設で過ごしたが、認知症などを患うことなく、判断力や意思はしっかりしていたそうだ。
「祖母は細かくエンディングノートを作成して、遺産の分与、家の売却先、葬儀の希望なども明確でした。祖父とつつましく暮らしていたので蓄えもあり、年に数回、母が実家に出向いて少しずつ片付けを進めていました」
4姉妹の次女であるNさんは姉妹と交代で母の佐世保行きに同行。2年半かけた実家じまいの費用、総額約250万円はすべて祖母の預金で賄い、築50年近い実家は売却することができた。
出費が最も大きかったのは2年半で200万円以上になった交通費。
祖母の存命中から、面会と実家の片付けのため、母と姉妹が交代で年に3〜4回、1週間単位で佐世保へ通った。思い出の詰まった品々を取捨選択しながら進める片付けは、想像以上に時間がかかる。
なるべく格安航空券を利用するようにしていたが、緊急時は東京と長崎の往復だけで10万円になることも。実家じまいというと片付けや不用品整理のイメージが強いが、都市部在住で実家が遠方の場合、交通費が予想以上に負担となるのが現実だ。
「更地にすることも考えましたが、解体費のみで400万円という見積もりでした。運よく、家と庭を現況渡しで売却できたからよかったものの、もし買い手がつかなかったらと考えると恐ろしいです」
「売れない、だから壊すしかない」空き家が5年で倍増した町
登記や名義変更は、法律の知識がある妹たちがオンライン申請して、司法書士代を浮かせることができた。あらかじめ具体的な作業を洗い出し、時間をかけて臨んだことが功を奏した。
祖母の計らいもあって、Nさん家族は無事に実家じまいを終えられた。しかし精神的な負担や心労、移動時間や距離も十分なコストといえるだろう。そして現実的には本件のようなスムーズな事例ばかりではないようだ。
「県外に出られた方の多くは、初めから『どうせ売れないだろう』と売却を諦めて、解体一択と決めて相談に来られるんです。親は『子どもに負担をかけたくないから、自分の代で処分しておきたい』、子は『使わないから更地にしたい』。そんな声が、近年はとくに目立ちますね」
四国の過疎地域のとある町で空き家対策を担当する職員はそう話す。7、8年前の調査で500〜600戸だった空き家は、その後5年ほどで1000戸を超えた。5000世帯にも満たない町にもかかわらず、空き家は今も増え続けている。
こうした現象は、この町に限った話ではない。全国の空き家は2023年時点で過去最多の900万戸に達し、この30年で倍増した。うち385万6000戸は、賃貸や売却などの使用目的がない空き家だ。地方から都市部への人口流出や少子高齢化、単身世帯の増加など、社会構造が大きく変化している。一人暮らしの高齢者が各地で増え、その住まいが住み手のいない家になるケースも少なくない。
空き家の存在は、近隣からの相談を受けて判明することも多い。
「手をつけられないまま放置された家は、周囲に様々な悪影響を及ぼします。台風で瓦が飛散し、伸びた草木が通学路をふさぎ、蛇がすみ着き、投げ込まれたたばこが火災の火種になる可能性も。町は三角コーンを立て、倒木を切り、落ちた釘を拾って、その都度、しのいでいます」
一軒の空き家が、近隣の安全や景観を脅かす。その積み重ねが、いま各地で深刻さを増している。
相続人が県外に住んでいると、行政から連絡を受けて初めて家が空き家になっていることを知るパターンもある。「深い親戚付き合いもないので、他を当たってほしい」と対応を放棄されることも珍しくはなく、数年単位で保留になっている案件もある。
解体には市区町村からの補助金が使える場合もあるが、対象になるかは老朽度の調査次第だ。
「補助金の対象と認められても、一般的な30〜40坪程度で、解体費の相場は200万円前後。地方行政の補助金だけで解体費を賄いきれず、半額以上が自己負担になることも多いんです」
所有者不明の土地や空き家が放置されないよう、国や自治体による適切な管理や利活用を目指す法整備も進んでいる。2023年には、相続した不要な土地を国に引き取ってもらえる「相続土地国庫帰属制度」と、放置された危険な空き家への対応などを強化した「改正空き家対策特別措置法」がともに施行された。ただし、空き家対策を全国的に進めていくには制度だけではなく、周知や啓発も重要だと担当職員は語る。
「現状は、今ある制度を知らない方も多く、十分に活用できていない状態です。国や県との連携も必要ですし、空き家の活用方法を含め、国主導での広報活動にも力を入れてほしいと願っています。また、相続登記の義務化、相続人特定の簡素化など、制度がもう少しシンプルな形になることが理想です」
実家を離れ、都市部に出た世代が故郷との絆を保ち、近隣住民との信頼関係を維持することが、将来的な実家じまいや空き家問題の予防にもつながる。
「『なかなか帰って来られないけれど、よろしく頼みますね』と近隣の方に挨拶だけでもしてもらえたら、何かあったときに連絡も取りやすくなり、コミュニティーも断絶しません。ただ、空き家バンクに相談に来るのは、年に数回は帰省し、草刈りも欠かさないような、すでに管理できている人たちなんです。放置している人ほど、処分しようとも相談しようとも思わない。届いてほしい相手にこそ、声は届きづらいんです」
実家を手放すなら、売却だけがプラス
親が残した実家を相続するにあたって、どれくらいの費用がかかるのか? 実家相続に詳しい不動産コンサルタントの高橋大樹さんによれば、選択肢は並列ではないため、フローチャートで考えるとよいという。「使う」「貸す」という選択肢もあるが、今回は実家じまいのケースとして、「手放す(処分する)」前提で話を聞いた。
「実家を手放す場合、売却が唯一のプラスになる方法です。『隣地は倍出してでも買え』という言葉があるくらいで、ご近所さまにお手紙を出すだけで話が動くこともある。実際に、栃木の空き家が1万円で売れたこともありました。売却が難しければ『無料でも処分したい』と交渉を進めることも可能です」
次に考えられるのは審査手数料と負担金を納付することで国に引き渡すことができる前述の相続土地国庫帰属制度だが、これには大きなハードルがある。
まず、建物がある土地は対象にならないため、家屋が残っていれば解体する必要が出てくる。また境界が不明確な土地や境界をめぐって争いのある土地、さらに土壌汚染がある土地なども対象外となる。こうした要件を満たすために、土地の状態によっては時間や費用がかかる場合がある。
審査の申請を自分でできない場合は行政書士などに依頼する、承認された後も10年分の土地管理費相当額の負担金(原則一律20万円)を納付するなど要所でコストが発生する。「有益な制度だが、時間もコストもかけられる人でなければ活用するのは難しい」(高橋さん)とのことだ。
売却や国庫帰属が難しい場合、「不要な不動産を引き取る業者に有償で引き取ってもらう」という選択肢もある。業者ごとに見積もりは異なるため、あくまで目安とはなるが、高橋さんの経験上、「引き取るだけなら50万〜100万円、解体も含めると200万〜300万円くらいが相場」だという。
処分せずに空き家のまま放置する選択肢もあるが、固定資産税や草木の伐採などでランニングコストがかかり続ける。
リスクもある。空き家を適切に管理せず、行政から「管理不全空家」や「特定空家」として勧告を受けると、固定資産税などを軽減する住宅用地の特例(小規模住宅用地の場合、固定資産税の課税標準が6分の1になる)が外れ、税負担が大きく増えるケースがある。さらに、特定空家については、行政代執行による解体が行われれば、その費用が所有者に請求されることもある。
「なるべく高値で売りたいから急がない人もいれば、相続の話をすぐ終わらせたい人もいます。落ち着いて遺品を整理したいわけでなければ、現地に足を運ぶことなく、残置物の撤去まで業者に依頼することも可能です。どれくらいの期間でどのように処分したいのか、事前に家族とすり合わせて自分なりの基準を設けておくと安心です」
「両親に何かあってから」では遅い
親は元気なうちに遺言書を残して、子どもたちが後々もめないように納得のいく説明をしておくことが重要だと高橋さんは語る。
「施設に入ることになったら、生前に売ったほうがいい場合もあります。家を売却すれば資金を充当することもできる。その決断ができずに、認知症などで判断能力が低下してしまったら、自らの意思で売却することが難しくなる場合もある。たとえば家族信託や任意後見制度といった仕組みで、子どもが売却できるようにしておく手もあります。事前の備えがないと、子どもは親が亡くなるまで身動きが取れなくなってしまいます」
親が元気なうちから話し合うケースは高橋さんの体感では2割程度で、「ご両親に何かあってから相談に来られるパターンが大半です」と苦笑いする。
「『相続税がいくらかかるか』とよく質問されるのですが、それよりもトラブルが発生しがちなのは『実家の分け方』なんです。たとえば、親が亡くなり、5000万円の価値がある実家が残ったとします。そこに長男家族が一緒に暮らしていれば、簡単に売るわけにはいきません。一方で、他のきょうだいにも相続する権利があります。親の主な財産が実家だけの場合、長男が家を相続すると、他のきょうだいの取り分をどうするのかという問題が生じ、もめる原因になります。身内だけで話したところで、どうしても感情論になってしまいますから、まずは実家じまいや相続関連のセミナー、相談会に親子やきょうだいで一緒に訪れるところから検討してもらえたらと思います」
こうした個々の備えの一方で、空き家問題に対応する行政の現場は逼迫している。国も空き家は今後さらに増加すると見込んでいる。
前出の自治体の担当者は、こうも語っていた。
「私たちだけで抱えるには、あまりに数が多い。実家じまいは、もはや個人や家庭の問題ではないんです」
(出展:2026年8月28日 取材・文:真貝友香/編集:大川卓也、Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
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